概要
ロープロファイルなキーボードスイッチの定番である Kailh Choc V1 (Kailh PG1350) スイッチを使ったキーボードを自作するにあたって、2U以上のキーキャップを安定させるためのスタビライザーは必須だろう。
Choc V1用スタビライザー(プレートマウント方式)はMX用とは構造が大きく異なり、プレート・PCB・キーキャップの向きを同時に考慮する必要がある。本稿では実際の設計経験をもとに、設計上の注意点をまとめた。
今回扱うキーボードは、1Uを18mm×17mmとして設計している。以後の寸法説明はこの前提による。
スイッチプレートとPCB
今回のキーボードは、スイッチプレート、PCB、ボトムプレートの3枚のFR-4プレートから構成しており、スタビライザーに関係するのは、上側の2枚である。
PCBは1.6mm厚
PCBにスイッチを固定する方法として、Kailhのスイッチソケット (CPG135001S30 , ホットスワップソケット と言われているもの) を使う場合、使わない場合が考えられるが、いずれの場合もPCBの厚さは一般的な1.6mmでよいだろう。
スイッチプレートの厚さは1.2mmとする
下図は、データシートから抜粋したChoc V1スイッチの立面図である。

赤丸で囲ったスイッチプレートをはさむ爪の間隔は1.30mmとなっているので、スイッチプレートの厚さもそれ以下とする必要がある。最も近いポピュラーなFR-4プレートとして1.2mm厚を選択する。
ただ、実際のスイッチの側面には、この図にあるような明らかな爪状の部分はなく、わずかな膨らみが見えるだけである。
スイッチプレートとPCBの隙間
上図左端の 2.20(mm)という数字は、スイッチプレートの上面からスイッチの底面までの高さになる。したがってスイッチプレートが1.2mm厚とすると、プレートの下面からスイッチ底面までの距離は1.0mmということになる。
ただ、隙間を1.0mmちょうどで設計したのでは、スイッチがPCBに接触してプレートにしっかりはまらず浮いてしまうことも起こりうるので、1.2~1.5mm程度の余裕を確保するため、プレートの下面にクッション素材のテープを貼り付けた。
具体的には、繊維素材を使った幅5mm、1.5mm厚の戸当たりテープを使った。このテープは家具や窓の戸当たり音を緩和したり、すきま風をふせぐ目的で市販されている。
スイッチとスタビライザー
1Uキーでは意識することは少ないが、Choc V1用の2U以上のキーキャップには明確な「上下(南北)」の向きが存在する。この点を理解しておかないと、スイッチやスタビライザーの配置を誤る原因になる。
キーキャップによる向きの制約
2U以上のキーキャップの裏側には、中央にスイッチ用の ステム・マウント 、左右にスタビライザー用の スタビライザー・マウント が配置されている。ステム・マウントは1Uサイズと同様にキーキャップの上下左右( あるいは東西南北) の中央にあるが、スタビライザー・マウントはステム・マウントに対して南北方向にわずかにずれて(オフセットして)配置されている。

つまり、キートップの刻印などによってキーキャップの向きが固定されている場合、その向きに合わせてスタビライザーの取り付け方向(ワイヤーが通る位置)を決める必要がある。逆に言えば、スタビライザーの配置によってキーキャップの向きも強制的に決まってしまうため、スタビライザー周辺のPCB設計やスイッチの向きは、あらかじめ一体として計画しておく必要がある。

スイッチとスタビライザーを取り付けたプレートを見ると、上図のようにスタビライザー・ステムの方が、スイッチの中心より北側にオフセットしているのがわかる。つまり、スタビライザーの配置によってキーキャップの南北も決まることになる。
バックライトLEDとスイッチの向き
Choc V1スイッチには、SMDLED やRGBLEDを使ったバックライトを透過させるための透明な「窓」が用意されている。上の写真ではスイッチステムの下側 (南側) がその部分になる。

この写真は、(たぶん) Kailh の純正キーキャップセットの中の2Uキーキャップだが、ステム・マウントの位置からするとCaps と印字されている側(北側) にスタビライザーのワイヤーが通る。
プレートに取り付けたスイッチとスタビライザーを裏側から見ると、以下のようになる。スイッチのLED窓が南側を向いている。

この構成では、先ほどのKailhキーキャップ上の印字はバックライトと位置がずれてしまうので、もともとの効果を損なうことになる(かもしれない)。バックライトLEDを活かしたいときは、スイッチの向きに配慮しておくのがよいだろう。なお、スイッチが南北どちら向きでも、スタビライザー・ワイヤーの動きに影響を与えることはない。
今回のキーボードは以下のような方針で設計した。
- スイッチのバックライトLEDは使わない
- スタビライザーワイヤーは北側を通す
- スイッチの接点 (スイッチソケット) を北側になるよう配置する
こうすると、PCBの裏側から見たときスイッチの南側半分が空き地になるので、PCBを支えるためのアクリルサポートを配置しやすくなる。一番上の行 (最北端) についてはまったく逆に配置し、やはりアクリルを配置しやすくした。
スタビライザー用フットプリント
Choc V1用スタビライザーを使うときには、スイッチプレートとPCBの双方に所定のカットアウト (切り抜き) を用意しておく必要がある。
PCB側
スタビライザーはスイッチプレートの裏側からはめ込むが、このときハウジングの下側がプレートの裏側からはみ出すようにできている。写真のように突出している部分を除くと、はみ出している高さは1mm弱であり、プレートとPCBのすき間として1mm以上を確保する理由の一つになっている。

スタビライザーのハウジングのうち、ワイヤーを通す溝の部分は突出していてスイッチプレートの下面から2mm以上はみ出す。この部分にPCBが当たらない程度まで隙間を大きくしてしまうと、スイッチのピンとソケット側端子との接触が心配になる。

また、スタビライザー・ハウジングの中を動くステムの底部についても、スイッチを押し込んだときには写真のように2mm程度突出する。
突出部分がPCBに接触しないよう、「逃がし」としてPCBに以下のようなカットアウトを用意する。

スイッチプレート側

スイッチプレート側はスタビライザーのハウジングがそっくり収まるようなカットアウトとした。大きさに余裕があると、ハウジングが落っこちてしまうので、ハウジングの寸法よりは小さめにしてある。
KiCAD用フットプリントについて
Choc V1用スタビライザーのカットアウトについては、https://github.com/keebio/Keebio-Parts.pretty/tree/master に含まれている Kailh-PG1350-2u.kicad_mod や Kailh-PG1350-Stab-Cutout.kicad_mod が参考になる。
以前に上記のフットプリントを使って試作したところ、スイッチプレート側の角が丸められていないため着脱時に割れが生じるおそれを感じた。それで寸法も含めて若干変更し以下のようなフットプリントを作成した。
PCB用フットプリント

- 外形は2U (17 x 36mm)
- スイッチソケット(ホットスワップソケット) 用
- 2側のパッドがスタビライザー用の切り抜き(カットアウト)に近接しているので、DRCでクリアランスエラーにならないようパッドの大きさを調整
- 黄色い線(User.4) は、スイッチプレート用カットアウトをかぶせたもので、PCB表面 (F面) に部品を配置するとき参考用。
スイッチプレート用フットプリント

- 中央の大きな矩形がスイッチ用で縦横ともに13.8mmとしている。14mmで作ってしまうと製造の都合で緩いことがある。スイッチのはめ込みがきつくなることもあるが、はまらないところまではいかない。
- 角を丸めることで、着脱による割れが生じにくくなる。
フットプリントについては、GitHubにて公開予定。
スタビライザーの組立て、組込み方法

左右のハウジングを写真のように置いたとき、ワイヤーは手前側となり、最終的にはハウジング手前の受け溝の部分にワイヤが乗る感じになる。MXスイッチ用のスタビライザーのようにパチッとはまるわけではなく、あくまでも乗っている感じ。
ハウジングの大きな開口部分に上からステムを入れていく。ステムにはワイヤーを通す穴が貫通しており、この穴にワイヤーを通すことになるが、穴の両サイドが溝のようになっている方 (上の写真で上向きになっている方)が手前側になるようにする。ハウジングに左右の区別はなくステムの向きのみ注意する。
そして、受け溝側から左右のステムの穴にワイヤを差し込んでいくことで以下の写真のようにできあがる。

ただ、すぐに分解してしまうのでプレートにはめ込む時点で組み立てるのが良いだろう。
組み立てるときには、写真のようにスタビライザーを平らな面に置いた状態で、スイッチプレートをその上から被せていくことではめ込む。そして位置を微調整しながらパチッというまで押し込むようにしている。スタビライザー側を持ってプレートにはめようとすると、小さいせいもあってすぐに分解してしまう。
装着した様子
スイッチプレートにスタビライザーを装着すると以下のようになる。

裏側から見ると、ステムの向きがわかりやすい。

表側から見るとこんな感じ。この状態でハウジング部分を上から押してやると、心配になるほど簡単に外れてしまう。スイッチを装着した状態でキーキャップをはめてやると意外と外れないのだが。
キーボード全体を組立てた後でスタビライザーを外してしまうと、すべてバラしてからのやり直しになることに注意。
ルブ
このスタビライザーはMXスイッチ用と比べるとワイヤーが細いせいか、カチャカチャいうノイズがでやすい。それを防ぐために可動部分やステムのワイヤーが通る溝や穴に、ルブしておくのがよいだろう。スタビライザーに向いているルブとしては、Krytox GPL 205 Grade 0 というブランドのグリスが人気のようである。
ルブ作業は、PCBと合体させる前にしっかりやっておくのがよい。ただ、組立てた後でもキーキャップを外して全体を裏返しにすれば、スタビライザーのステムやワイヤー穴が露出するので、ノイズがでやすい部分にグリスを塗りつけることができる。ただ、PCB側に突出するハウジングの溝部分にはアクセスできないので、やはり組立て前にやっておくのがよいだろう。
きょうのまとめ
Choc V1 スイッチを使ったある程度の大きさのキーボードは2台目なのだが、最初の1台では1.75U以下のキーキャップに限定していたのでスタビライザーは不要だった。しかしながら残念なことに、1.75Uのキーキャップでは、中央を押さないと結構ぐらついた。ロープロファイルなスイッチ、キーキャップゆえの現象だろうと思うのだが、頻繁に使う親指キーがこれでは厳しい。
そのため、今回の記事でも断片的に使ったスタビライザーやスイッチプレートの動作検証のための小さな基板を作り、今回まとめたような項目を確認し、以下のようなキーボードを作った。

2つの親指キーと左側のShiftキーにスタビライザーを持ちている。
このキーボードの回路やPCBについては、GitHubで公開予定です。